ジャージー牛と触れ合う

日本で最初の洋式牧場である、神津牧場に行ってきました。
なんと明治20年(1887年)に開設されたそうです!

神津牧場は、群馬県でも観光名所らしいので、広い道と大きな案内看板を期待して車を進めましたが、
以外や以外、細い道、朽ち果てそうな看板がかろうじて残っているだけで、道中はかなり不安になりました。
でも、到着すると、なんとまー、起伏の急な地形に牧場があるじゃないですか!
そして異郷に来たようなそんな気持ちになりました。
北海道のような光景を想像していた私にとっては少なからず驚きでした。

よくもこんな場所に牧場を作ったもんだなー

それに、明治20年当時は、整備された道もなく便利なgoogleもなくヘンピな場所だっただろうに、、、
酪農に情熱を掲げた神津邦太郎さんはすごいなー

写真は私と同じ誕生日(7月29日)生まれのジャージー牛の赤ちゃんです。

かわゆい。

ちなみに、私の左肘に見える黒い点はハエです!
とにかくハエが多かった。

動物の福祉

日本に「動物愛護法」という法律があります。

環境省のHPなどを参考にすると、
この法律は、
「すべての人が「動物は命あるもの」であることを認識し、みだりに動物を虐待することのないようにするのみでなく、人間と動物が共に生きていける社会を目指し、動物の習性をよく知ったうえで適正に取り扱う」
ことを大原則としており、愛護動物を虐待したり捨てる(遺棄する)ことは犯罪になり、違反すると、懲役や罰金に処せられるそうです。

愛護動物は犬や猫だけではなく、牛、馬、豚、めん羊、やぎ、犬、ねこ、いえうさぎ、鶏、いえばと、あひる、その他人が飼っている哺乳類、鳥類、爬虫類をさしています。

「法律」が制定されたことによって、動物虐待の件数は少しは改善されているのでしょうか?
でも、なんというか、最近のペットブームや幼少教育を目的に安易に子どもにペットを買ったり、衝動的にペットを買うような人がまだまだ多過ぎるのではないでしょうか。
成長して手に負えなくなったり、散歩などが面倒になったり、老後のことを考えなかったり等々の身勝手な理由で、捨てていく。
お店で洋服や化粧品を選ぶように、犬や猫、その他のペットたちが物のように消費されているように感じます。

日本には「番犬」という文化?が根強いためか、野外で鎖に繋がれ、満足に餌や運動をさせてもらえていない犬が多くいます。
日本では頻繁に見られる光景ですが、日本以外の先進国では「犯罪」になるようです。
そもそも英国ではペットショップそのものが存在しなく、犬や猫を飼う場合はブリーダーに直接お願いする必要があり、飼うための適正を見極めるための厳しい条件があるようです。
ドイツや米国では、動物専門の警察がいますし、米国ではASPCA (The American Society for the Prevention of Cruelty to Animals)といった非営利の組織が特に犬や猫、そして馬などについて虐待の兆候があるならば、すぐに動物警察に通報する仕組みがあります。
そして、通報を受けるとすぐに対応し、虐待を確認すると即刻、動物を動物病院に連れて行き、その後、引き取り手を捜す組織に等に手渡されます。
もちろん、全ての命を救うことはとても難しいと思いますが、それでも年間何万もの命を救うことに成功しています。
それに、動物専門の裁判所もあります。

ペットをめぐる法律(海外)

残念ながら、 日本の動物愛護法は上手く機能しているとは言えないようです。

ペットをめぐる法律(国内)

犬や猫以外の動物、馬の場合ですが、
日本の競馬では、処分する目的の殆どが「経済的な理由」の場合が殆どなのでは?と思います。
調教などでお金がかかり、勝てない馬は処分される。
経済的なリターンがなければG1やG2といった大きなレースに出るような馬でもです。
運よく、乗用馬として第2の人生を歩むことができるのは極わずかです。
しかも乗用馬になれたからといって、必ずしも満足する環境で飼われていないことも多いのです。
一日に、4人も5人も人を乗せ、満足に手入れをされなく、満足に放牧もさせてもらえないクラブもあると聞いていますし、
乗馬クラブではないのですが、日本の大学で馬術部に所属していた私の知人は、馬術部に新しい馬が来ることになり、
厩舎に空きがなかったために、まだまだ元気だった馬を指導者の指示で処分場までトラックに乗せて運ばされたそうです。

競馬の話に戻りますが、ケンタッキーダービーで有名な米国のケンタッキー州には、
KyEHC(Kentucky Equine Humane Center)という施設があり、
致命的な怪我や病等のために受け入れが難しい馬に対しては、人道的な安楽死処置が施される他、
廃用馬は、どのような種類のものでも、受け入れを拒否されることはなく、第2の人生をおくることができます。
また、Unwanted Horse Summitt という見放される馬に関するサミットをAAEPという世界で最も大きい馬医の団体が開催しています。
もちろん米国にも様々な問題が山積しているとは思いますが、命ある生き物に対する責任感や愛情を感じます。

一方の日本はというと、競走馬としてデビューする馬の半分近くは廃棄処分されています。
最後まで買い手付かなかった牝馬(競馬用に生産され買い手がいない)場合は食肉になります。
現役経験のある牡馬は動物園などの肉食動物のエサになります(人間用ではありません)
こんなニュースもありました↓「中津競馬廃止なぜ避けられなかった競走馬の大量処分」

愛護と(野生動物などの)保護は異なりますが、
競馬やペットのように、人の都合で生まれてきた生き物に対する
愛護はもっともっと徹底すべきです。
そして、どうしても手放されてしまう生き物に対するセーフティーネットを社会の仕組みをしっかり作る必要があります。

日本の「動物愛護法」で、罰金15万円判決を受けた事例もあるようなので、
法規制や民間の運動により、もっと生き物を大切にする社会にしていきたいですね。
そして感情を持つ生き物として、人間を含む生きとし生けるものの痛みをもっと感じられるように成長していきたいですね。

Complicate -> Simple

製品やサービスを消費者に届けるまでのプロセスは、
どんどん複雑になっている。
生産地、耐震、賞味期限の偽造などなど、
私たちの安全や安心を脅かす問題は、
その複雑化されたビジネスの仕組みが一つの原因なんだろうな。

冷凍餃子の問題もそうだけれど、
餃子の食材は何処で、誰が、どの様に生産されて、どの様何処にに運ばれて、
誰がどのような方法で場所で調理されて、パッケージされて・・・・・・ ∞
私たちの手に届くまでの過程は物凄く複雑で、
食材から消費者が口にするまでの距離はとても長い。
複雑で過程が長くなればなるほど、管理・運営が難しくなり、問題が起こりやすくなる。
複雑なプロセスの狭間で誤魔化しが横行する。

故意に人を傷つけるために、農薬を混入したり・耐震偽造する人はとても少ないとは思うけれど、
あたりまえだけど、役割が細分化され、関係者が増え、製造・流通プロセスが複雑になればなるほど、
見えない部分が多くなる。
そして、この見えない部分をついた詐欺・欺瞞もまた生まれる。

プロセスが複雑であればあるほど、
当初の計画通りには物事が運ばなくなる。

でも人は知恵があるから、ITを使ったトレーサビリティだとか、法規制だとかで、理屈で頭でっかちに問題を解決しようとする。

Chaotic.

でも、根本的な解決策はもっとシンプルなはず。

食材の生産現場と消費(活用)現場の距離をできるだけ短くする。

これだけ。

素材の作り手と餃子の作り手そして、餃子を食す人の距離が短ければ短いほど、問題が起こりにくくなる。

食材で言えば、自給自足、地産地消、契約栽培などなど。

町でいえば、人との繋がりが深いコミュニティー。

考えや仕組みはとてもシンプルだけど、
高度な技術やノウハウはそこにはないけれど、
私たちが安心できるのは何故だろう?

既存の枠組みであーだこーだと解決策を考えるのもいいけれど、
もっと物事をシンプルに、理屈ではなく、基準を人に近づけて物事を考えてはどうだろうか?
作りたいもののためにに、手元にない材料や素材を集めたり、合成してつくるのではなく、
手元にあるものから、必要なものを作ってはどうだろうか?

【クリスマスプレゼント】 - TOMS Shoes

クリスマスプレゼントの購入を考えている皆様
TOMS Shoesはいかがでしょうか?

一足を購入すると、
貧困等の理由で靴をはくことができない人々に一足を
プレゼントすることができます。

世界中では、靴をはくことができないために、
怪我をしたり、病気にかかったり、
苦しんでいる人が沢山います。

コンセプトもさることながら、
デザインも素敵です。

(以前もTOMS Shoesに関する記事を書いています)

TAP Water in ロンドン(英国便り)

tap

英国の水道水は飲んでも安全と言われています。
なのに、最近はペットボトルに入った水の消費が
急増中なのだそうです。
ペットボトルに入った水は、水道水よりも高いし、
ゴミが増えるし(リサイクル率は低いそうです)、
その上、1リットル当たり水道水よりも600倍もCO2
を排出するそうです。
また、ペットボトルを再利用している人がいますが
(実は私もその一人です)、多くのボトルは、10回
以上使うと有害物質が溶け出すそうです。

そこで、水道水の奨励のために、TAPという活動が
始まっています。
http://www.wewanttap.com/
水道水のイメージアップを図ろうと考えているそうです。

空になったペットボトルに貼るためのラベル(水道水
と書かれたもので、何回使ったか分かるようになった
もの)や有害物質が溶け出さないボトルなども売って
います。
http://www.wewanttap.com/64/buy-tap/buy-tap.html

私も1リットルようの容器を買おうと思ったのですが、
売り切れてしまったようです。残念!帰国するまでに
増産が間に合えば購入したいと思っています。

さみ

絶滅種、発見!

今年の6月に、ホンジュラスで、カエルツボカビ症が原因で1980年代に絶滅したとされた、マイルズラバーフロッグというカエルが見つかりました。

そして10月10日、インドネシアのスマトラ島で、絶滅したと考えられていたシカが80年ぶりに生息が確認されたそうです。

絶滅してしまえば、彼らの持ってる叡智から得られたであろう
素晴らしい機能や能力、物語が永遠に失われてしまいます。
そして、いなくなることにとても心が痛くなります。

生息が確認されたことは、素直にうれしいですね。

 

高さ1キロ以上のビル!

Businessmen look at a model of Dubai's proposed 1km-high Nakheel Harbour & Tower project. Photo: AP

アラブ首長国連邦(UAE)のドバイでは現在、
160階建て、688メートルにもなるビルを建設中ですが(もうできたのかな?)
なんと、200階以上、150基以上のエレベーターを備える、高さ1キロ以上のビルの建設が開始したとのこと。

何を考えているのでしょうか?
21世紀に入り再度バベルの塔を造る気になったのでしょうか?

量を追い求める世界はもうやめましょうよ。ホントに。

旧約聖書のように、世界が混乱しなければいいのですが。。。

【Google】たくさんの人に役立つプロジェクト

最もたくさんの人に役立つプロジェクトを実現させませんか?

Googleが10周年を記念して、10^100とうプロジェクトをスタートし、
誰かの役に立つアイディアを募集しています。

ちょっとしたアイディアが多くの人の役に立つかもしれません。

(以下google ホームページより)
このプロジェクトを実施する理由

今や、かつてないほど多くの人々が多くの情報を手に入れ、さまざまなツールを自由に活用し、優れたアイデアを実用化できるようになりました。それと同時に、あらゆる立場の人々が多かれ少なかれこのようなアイデアの恩恵を受けています。

こうした状況にあって、最近の調査では、必要最小限の物質的な豊かさの中で、個人がより幸せを感じるのは人の役に立つことである、というシンプルな見方が強まっていることが判明しています。

つまり、人の役に立つことは、自分の役にも立つ、ということです。

ここで生じる疑問は、どうすれば人の役に立てるのか、またどうすれば十分に役に立てるか、ということです。

Google にその答えがあるわけではありませんが、答えはいたるところに存在するはずです。研究機関や会社、大学で見つかるかもしれないし、見つからないかもしれません。

本当の答えは頭の中、つまり今まで見てきたものや考えをめぐらせてきたことの中にひそんでいることもあれば、物事のちょっとしたつながりを発見したときや新しい視点で古いものを見直したときに気づくこともあるのです。

今、誰かの役に立つようなアイデアをお持ちでしたら、ぜひ教えてください。Google では、できるだけ多くの人々の役に立つアイデアを募集し、その実現を支援します。独自のアイデアを応募することも、他のアイデアに投票することもできます。アイデアの最終選出は専門の選考チームが行います。

役立つアイデアを心よりお待ちしています。

http://www.project10tothe100.com/intl/JA/index.html

中国GDP成長率、10.1%に減速 Are You Happy?


かつて、経済価値と生活価値が互いに密接に関係していたころ、
GDPの成長率は大きな意味があった。
それは経済的な豊かさを思い求めると、生活の質・豊さも向上したから。
多くの途上国では現在もある意味ではこういった状況だと思う。
しかし、経済的な豊さ、つまり個人が自分の豊かさのみを追求する現代社会の構造は限界に達しつつある。

一人当たりに使える化石燃料、穀物、魚介類、、すべてが減少し
既に私たちの経済活動が地球1個分を超えてしまっているなかで、
2008年度の世界人口67億人が2050年には90億人を超えると言われている。
このままの経済活動を今後も続けていくことは単純に不可能なのだ。
従来の経済的豊かさを追い求めていては、さきにその土台が崩れてしまうのだ。

例えば現在の中国の成長率が続けば、
中国の現在の人口13億人が、2031年までに先進国と同じ程度に豊かになる。
もし、先進国の人々と同程度の肉や卵、牛乳を摂取したらどうなるか?
レスター・ブラウンによると、13億5200万トンの穀物を消費することになるということ。
これは、2004年の世界全体の穀物収穫高の66%にあたる。
信じられないことに中国一国の数字だ。
他のBRICs諸国や、これから裕福な層が飛躍的に増える国々を含まない数字だ。
石油はどうか?
鉄鉱石はどうか?
木材はどうか?
一人当たりに使える化石燃料、穀物、魚介類、、すべてが減少している。限界点を迎えている現状で、
”量”のみを拡大することは不可能だ。

環境の制約条件を気にしなくてよかった時代は、
量のみを追い求め、経済の効率化といった結果を見ないでプロセスのみにフォーカスして無限の拡大をを続けることができた。
これは、個人が豊さを追求することは社会の豊かさに繋がるという、
”見えざる手”の時代だ。しかし、
今は違う、環境の制約条件を内在化出来ない経済発展を続けることはできないのだ。

量のみを追い求める経済は終焉を迎える。

消費者の意識

本日(2008年6月19日)の日経に
商品やサービスの購入を通じて、途上国における持続可能な生活を支援する「フェアトレード」に関する記事が載っていた。

その記事によると、「フェアトレード」の国際認証マークを扱う日本の企業が増えてはいるものの、一人の消費者あたりの年間購入額を海外と比べると、

スイスでは、一人当たり3000円以上(年間)に対し、
日本では、一人当たりたったの8円弱(年間)
だということだ。

日本においては、欧米と比べて、フェアトレード製品の数が少ないこともあるが、
なんとも悲しい現実だ。

投票率の低さも一緒だが、
世界中の課題を自分事として捉える感覚や
自分の今の選択が世の中の将来、自分の将来に影響を及ぼすという
現実について鈍感なのかもしれない。